目次:
この記事は、フォニックスの具体的な説明ではなく、フォニックスの誤解やその意図・目的、そして効果に焦点を当てて紹介します。
読み書きは当たり前?
世界には7000くらいの言語があるのですが、3072くらいの言語に書き言葉がないことを知っていましたか (参考)。これは、言語がどれほど多様であり、書き言葉が発展するのは特定の状況や需要に依存することを示唆しています。言語というものは、読むことが当たり前のスキルではないということを考えると興味深いですね。第一言語の書き言葉は当たり前のように学んだかもしれませんが、慣れていない第二言語は同じようにはいきません。特に、日本語が第一言語の場合、文法的にも音域的にも異なる英語を学ぶことはより難しくなります。
人は健康である限り、歩行や呼吸のように視覚と聴覚の能力を生まれつき備えています。そして、これらの視覚と聴覚の機能を活用して、周囲の物事や抽象的な概念を覚えていきます。しかし、文字を書いたり読んだりするスキルは初めから備わっているわけではありません。さらに、読み書きを学ぶことが難しいのは、書き言葉が非常に抽象的な記号を使用するからだと考えられます。
話し言葉も、音を抽象的に組み合わせた一種の暗号と言えますが、子供たちは学校で特別な指導を受けなくても、日常の生活環境でこの暗号を解読し、言語を習得していきます。しかし、読み書きのスキルは自然に身につくものではありません。文字を読むためには、視覚と聴覚の脳の機能が密接に連携しなければなりません。これは、既存の脳回路に新しい回路を構築するプロセスであると言えます。そのため、読み書きを習得するには明確な指導が必要であり、書かれた文字を正しい音に結びつけ、それから意味を理解するスキルを養う必要があります。フォニックスという方法は、アルファベット式の言語における読み書きのスキルを構築するために利用されています。
言語学習には専門的な用語が多く登場しますが、それらについては後で詳しく紹介します。
見慣れない用語
音素:
音素とは、言語の最小単位の音声のことです。
こちらのリンクから英語の音素を聴いてみてください。
音素認識能力:
音素認識能力とは、音素を聞き取る能力です。また、話し言葉に含まれる音を聞き取り、操作する能力であり、話し言葉や音節が音素の連続から成り立っていることを認識することです。
音韻認識能力:
音韻認識能力とは、言語の音構造を聞き取り、操作する能力ことです。音韻認識を育めば、韻を踏んだり(例えば、mouse と house )、音素・音節を混合・分解(例えば、r + ea + d = read、wa + gon = wagon など )することができます。音韻認識は音素認識を含む包括的な用語です。ですから、音韻認識には音素認識が含まれています。
フォニックス:
音と記号(アルファベット文字)の関係を学ぶ教授法であり、読み書きの脳回路を構築するために使われる教授法です。フォニックスは音韻認識でも音素認識でもありません。ただし、フォニックス学習をするには音素認識が必要です。
(参考:Kame’enui, et. al., 1997、Yopp 1992)
これから、フォニックスの本来の目的を紹介します。
フォニックスの目的とは?
フォニックス 発音について:
フォニックスは本来、発音トレーニングを意味するものではありません。さらに、フォニックスの目的が発音向上だと主張するブログなどは、フォニックスの本質を理解していない可能性があります。英語圏の子供たちは通常、フォニックスを用いて発音を学ぶのではなく、日常生活の中で自然な形で発音を習得しています。理想的な学習プロセスは、音素認識と発音のスキルを身につけた後にフォニックスを学ぶことですが、時間の制約やその他の理由から、これらのスキルを並行して学ぶ場合もあります。
音素認識は非常に重要なスキルですが、フォニックスを学ぶ際には、ネイティブと同等の発音力やリスニングスキルを持つ必要はありません。フォニックスの学習過程において、音素を正確に発音する機会が多く提供されるため、発音は自然に向上します。要するに、フォニックスを学ぶこと自体が、発音の向上に寄与する要因となるのです。
フォニックスは主に英語などのアルファベット式の言語で使用される教授法であり、文字と音を結びつけるのに役立ちます。しかし、発音の向上とは異なる側面で、フォニックスの主要な目的は、読み書きスキルの構築と言語理解の向上です。言語教育において、フォニックスは有用なツールの一つであり、適切に組み込まれることで効果的な学習をサポートします。
本来、フォニックスにはどんな目的と効果があるのでしょうか。
読書の流暢性:
流暢性(りゅうちょうせい)とは、情報を適切に、素早く、数多く処理する能力のことです。そして、読書の流暢性を育むことがフォニックスの主な目的です。しかし、なぜ、読書の流暢性が大切なのでしょうか。
文字を読むことは、音と意味が秘められた暗号を解くことです。この作業は、脳にとって情報処理の複雑なプロセスを要求します。特に、慣れない外国語を読む場合は、脳がより多くのリソースを使うことになります。
脳の観点から見ると、流暢性が向上することで、書き言葉を読み解く処理が軽減され、その余力は情報の意味理解に向けられます。この結果、読書の内容理解が向上し、読書の充実感が増します (参考:Kuhn, M.R., & Stahl, S.A, 2000、Laberge, D., & Samuels, 1974)。さらに、フォニックスを学ぶことで、70%以上の単語を読むことができるようになり、多量で多忙な単語の覚えごとから解放されることが科学的に確認されています(参考:Bay Area Reading Task Force、1997)。
フォニックスを用いずに読み書きを習得することは可能ですが、これは遠回りな学習方法と言えるでしょう。なぜなら、「単語の丸覚え」では、言語の基本的な構造や発音規則を理解することができないため、効率の悪い学習につながります。また、脳科学の視点からの研究によれば、単語を分解して発音するフォニックス教授法の方が効果的であることが示されています。ブルース・マッキャンドリス博士は、この点について次のように述べています。
『単語を丸ごと覚えるのではなく、文字と音の関係、つまりフォニックスに重点を置いた初級読者は、読書に最も適した脳の領域で活動が活発になることがわかりました。つまり、読解力を身につけるためには、「CAT」という単語を暗記させるよりも、「C-A-T」と音素に分解して発音させる方が、より最適な脳回路を刺激し、将来その単語に出会ったときにも、その指導法の違いが読解力に影響を与えます。この画期的な研究は、読書のための特定の教授法が神経回路に直接影響を与えるという、初めての証拠を提供するものです。 』
ブルース・マッキャンドリス博士,
(Yoncheva.,et. al., 2015)
フォニックスは、文字と音の関係を理解し、音素を発音する能力を養うことによって、読書の流暢性を向上させる助けとなる教授法であることが、科学的に支持されています。

3文字ブレンディングの練習・デモビデオ
読むことの重要性:
フォニックスは読むことへの近道であり、読むことを容易にする目的があります。読書を通じて語彙を増やすことは確かに重要です。しかし、読書の主要な目的は単語の習得だけでなく、内容理解、読んだものを深く考えること、そして著者から読者へのコミュニケーションを可能にすることです。そのため、不要な障害や負担を排除し、内容理解を妨げないようにすることが非常に重要です。
さらに、読むことを容易にすることは、読書を嫌いになる悪循環を防ぐのにも役立ちます。読書自体に価値があると思いますが、社会生活において不可欠なスキルでもあります。読書は学習や情報収集の主要な媒体である限り、読書に対する姿勢や態度が生涯学習のために大切です。子供たちには読書の楽しみや価値を理解し、積極的に読書力を向上させることを奨励したいものです。そのために、英語学習においても、不要な障壁を取り除き、読書と学習を楽しむ環境を提供することが重要です。また、英語学習においても、読書能力は学習の幅を広げ、総合的な英語力を向上させる役割を果たします。したがって、英語学習においても、読書へのアクセスを容易にし、読書習慣を育むことが非常に意義深い取り組みです。
フォニックスに期待される効果:
- 読書の流暢性を高める。
- 多量・多忙な暗記から解放される。
- 読むことに前向きになる可能性が高くなる。
- 発音が良くなる(主に副産物)。
フォニックスを始める前に必要なこと:
- ネイティブのような発音は必要ありませんが、音の聞き取りと伝わる発音が大切です。フォニックスの学習において、ネイティブスピーカーのような発音力を要求するわけではありません。しかし、他の人が話す音を聞き取り、自分が発音することができることは非常に重要です。正しい発音は、フォニックスの効果的な学習に寄与します。
- 文字やアルファベットは音を表しているという認識が必要です(Juel, 1991)。フォニックスは、文字やアルファベットが言語の音を表現する手段であることを理解することから始まります。文字と音の対応を理解することは、言語学習の基本です。
- 音韻認識能力が重要です。言葉は音素(音との最小単位)から構成されていることを理解することがフォニックスの学習に不可欠です(Haskell., et. al., 1992)。音素とは、言語の音の基本的な要素であり、フォニックスではこれらの音素を理解し、識別する能力が求められます。
- 英語には通常(分類の仕方や地域によって多少異なることがありますが)44の音素がありますが、日本語には約22の音素があります(Kavanagh, 2007)。この点を理解することは、フォニックスの学習において、英語と日本語の音韻体系の違いを認識するのに役立ちます。異なる音韻体系に慣れることは、フォニックスの効果的な適用において大いに役立つでしょう。
これらの要点を理解し、準備することによって、フォニックスの学習が効果的かつスムーズに進行するでしょう。
参考文献:
- Adams, M. J., Foorman, B. R., Lundberg, I., & Beeler, T. (1998). The elusive phoneme: Why phonemic awareness is so important and how to help children develop it. American Educator, 22(1-2), 18-29.
- Bay Area Reading Task Force (1997). A reading-writing-language source book for the primary grades. San Francisco, CA: University School Support for Educational Reform.
- Haskell, D. W., Foorman, B. R., & Swank, P. R. (1992). Effects of three orthographic/phonological units on first-grade reading. Remedial and Special Education, 13, 40-49.
- Juel, C. (1991). Beginning reading. In R. Barr, M. L. Kamil, P. B. Mosenthal, & P. D. Pearson (Eds.), Handbook of reading research (pp. 759-788). New York: Longman.
- Laberge, D., & Samuels, S. (1974). Toward a theory of automatic information processing in reading. Cognitive Psychology, 6, 293-323.
- Kavanagh, B. (2007). The phonemes of Japanese and English: A contrastive analysis study. Aomori University of Health and Welfare, 8(2), 283-292.
- Kame’enui, E. J., Simmons, D. C., Baker, S., Chard, D. J., Dickson, S. V., Gunn, B., Smith, S. B., Sprick, M., & Lin, S. J. (1997). Effective strategies for teaching beginning reading. In E. J. Kame’enui, & D. W. Carnine (Eds.), Effective Teaching Strategies That Accommodate Diverse Learners. Columbus, OH: Merrill.
- Kuhn, M.R., & Stahl, S.A. (2000). Fluency: A review of developmental and remedial prac tices (2-008). Ann Arbor, MI: Center for the Improvement of Early Reading Achievement, University of Michigan.
- Yoncheva, Y. N., Wise, J., & McCandliss, B. (2015). Hemispheric specialization for visual words is shaped by attention to sublexical units during initial learning. Brain and language, 145, 23-33.
- Yopp, H. K. (1992). Developing Phonemic Awareness in Young Children. Reading Teacher, 45, 9, 696-703.
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